英語で失敗することは「恥」ではない

失敗することを恐れてしまう日本人

多くの日本人は英語を実際に使って失敗することを恐れています。英語を書く際には、「文法が間違っていたらどうしよう」、「もし自分が書いた英語が変な英語だったらどうしよう」などと思ってしまい、話す際には、「通じなかったらどうしよう」、「笑われたらどうしよう」などと思ってしまう。それで一歩が踏み出せず、英語を使う機会を自ら放棄してしまうのです。

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もちろん、そのように思ってしまう気持ちはよく理解できます。私自身、英語でたくさんの失敗をしてきました。小学生のときに初めてアメリカで生活したときは、はじめのうちは中学レベルの英語力しかない状態で同じ年のアメリカ人たちと同じ授業を受けたのですから、ある意味一つも失敗しないほうがおかしいという環境でした。先生やクラスメートが言っていることが理解できなかったこともあるし、トンチンカンなことを言ってしまい、怪訝(けげん)な顔をされたこともあります。その時の恥ずかしさ、屈辱感は相当なものです。そういった苦い経験があるので、英語を実際に使うことに恐怖心を抱いてしまう気持ちはよく分かります。

英語は母語ではない

ですが、後々になって振り返ってみたとき、そうした失敗は恥でも何でもないと思うようになりました。私たちにとって、英語は母語ではなく外国語です。母語ですら間違えることもしばしばあるのですから、外国語で間違えるのはなおさらのことなのです。むしろ、英語が相手にとっては外国語であることを知りながら、その相手の英語での失敗を笑ったりする人のほうこそおかしいのです。これは立場を逆にすればすぐに分かります。あまり上手ではない日本語を一生懸命に話す外国人をバカにするでしょうか。もしバカにする日本人がいるとしたら、その日本人のほうが問題です。実際、振り返ってみると、私が出会ってきたネイティブの中でまともなネイティブほど私の英語をからかったりすることはありませんでした。私が誤った英語を使ってしまったときは、笑わずに「ここはこう言うんだよ」と教えてくれたり、「あなたが言いたいのはつまりこういうこと?」というように、相手のほうから推測してくれたりもしました。あまり日本語が上手ではない外国人が話す片言の日本語でも、彼らの言いたいことはだいたい分かることが多いと思いますが、それと同じです。

「失敗」なんて恥ずかしくない!

ですから、私たちにとって外国語である英語でもし失敗をしてしまっても決して恥だと思う必要はないのです。むしろ、「英語力を伸ばす良い機会になった」と前向きにとらえ、次回からは同じ失敗を繰り返さないようにすればよいのです。考えてみれば、母語である日本語では間違えてもそこまで気にすることはないのに、日本語よりずっとハードルの高い英語で間違えるのは恥ずかしいとやたら気にするのは矛盾しており、おかしな話なのです。

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